映画「草の響き」の感想
『草の響き』(くさのひびき)は、2021年10月8日に公開された日本映画。監督は斎藤久志、主演は『寝ても覚めても』以来3年ぶりの映画主演作となる東出昌大。PG12指定。
精神疾患を患い、妻と共に函館に帰郷した男が治療目的で街中を走り続ける中、路上で出会った若者たちと心を通わせる姿を描く。
まず率直な感想として、めちゃくちゃ良かった。
いや、めちゃくちゃ良くなった。
この映画を見ている最中では、正直あまり良い感想を持っていなかった。
つまらないとまで思っていた。
でも最後のシーンで驚くほどに意見が反対になった。
この映画は前半の描き方とか映画の売り出し方から「心の病を患った男がランニングによって救われる物語」というミスリードをさせられるのだが、本来は「頭のおかしくなった男に1人の女が人生を狂わされる話」であった。
まず最初に東出くん演じるカズオが精神病棟で統合失調症を宣告されるところから始まるのだが、まあひとつひとつのやりとりでそれを見事に表現していく。
例えば奈緒演じる妻のジュンコが朝カズオを起こそうとするも布団から出てこず、その後にカズオが自ら起きてきて「起こしてよ」というシーン。
その前に病院の診断で「言われたことをすぐ忘れることがありますか?」という質問をされるシーンがあるので多分病気に関わる行動なんだろう。
それと個人的にビールの缶を飲み終わった後に握りつぶすクセとかもすごい違和感を出している。そんなやつ見たことないし、いたとしてもそれは変なやつだ。
そしてなにより東出くんがめちゃくちゃ役にはまっている。
結構大根役者だなんて揶揄されていることも多い東出くんだが、声の出し方や喋り方が少しの不気味さを醸し出している。
これはもしかしたら東出くんにしか演じられなかった役かもしれない。
その東出くん演じる精神疾患のカズオは治療として毎日ランニングを始める。
全てはここから始まる。
走ることによってカズオの心は少しずつ戻っていく。
職も失っていたが、新たに皿洗いのバイトを始めたり、ランニング中に高校生達と出会って一緒に走ったりする。
この高校生達がまた別の話の軸になっている。
転校してきたアキラは市民プールで泳いでいる時に金髪の男(名前を忘れた)に出会う。
そこで仲良くなり一緒に遊ぶようになる。
そして、映画内では語られないがこの高校生のアキラも恐らく精神的な何かを患っていると思われる。
なによりカズオととても似ている。
映画内では急にこのアキラの話に変わるので、最初僕はカズオの過去の回想なのかと思ったくらいだ。
そしてアキラと金髪男はなんやかんやあって金髪男の姉とも遊ぶようになる。
この3人で花火をしたりスケボーしたりする中でさっきも言ったようにカズオと出会い一緒に走るようになる。
ランニングによってカズオにはいろいろなものができる。
まだ後の話だが、子供もできる。
しかし、それが判明するシーンというのは、実はアキラが海に飛び込んで死亡した次のシーンである。
なぜ海に飛び込んだのかとかはまあなんやかんやあってのことだ。
ちなみに子供ができたことが判明するシーンでカズオとジュンコは喧嘩をしてしまう。
これはどちらが悪いという話でもなく、子供ができたことが分かるのにジュンコが皿洗ってる横でカズオがタバコ吸おうとしたり、その他諸々これまでのことでジュンコに寄り添ってない行動から来ているものだと思われる。
そしてそれは精神疾患によるものでもある。
その後カズオはランニング中に金髪男から言われてアキラが死んだことを知る。
カズオはランニングによって人の死に直面してしまう。
そしてある夜カズオは睡眠薬を大量に服用し、意識不明の状態で病院に搬送される。
ここに関しては自殺を図ったのか、それとも生と死に直面した不安からきた奇行なのかは分からない。
ただそれにより、カズオは精神病棟に入院することになり、ジュンコはその間にカズオに黙って東京に帰ってしまう。
ジュンコは帰る前にカズオに会いにいき、「カズオが荷物を持ってくれた後ろ姿に惚れた」ことを伝える。
そしてジュンコは最後まで「カズオは私のことを分かっていない」と思い続けている。
最後にジュンコは東京に帰る車の途中でキツネを見る。
キツネはこの地域ではあまり見られない動物なのだ。
そしてジュンコが「1番好きな動物」だとカズオに伝えた動物でもある。
カズオは公衆電話でジュンコに今までのことは反省した旨のことを伝える留守電話を入れる。
そしてまた走り出す。
とても言葉では言い表しにくいような映画だったし、とても救いのない話なのに、最後エンドロールが流れた時に少しだけ晴れやかな気持ちになれる。
それはもしかしたらBGMのおかげかもしれないが、話はエグいくらいに後味が悪いのにそれを感じさせない豊かさがあった。
正直なところ友達の男と一緒に遊ぶ姉弟とか、カズオが走ってる途中に勝手に付いてきた若者になんの違和感もなく話して仲良くなるとことか普通にめちゃくちゃ気持ち悪い要素はある。
あと、この姉弟はもう近くにいたら確実にバカにされるような、そんな気持ち悪さがある。
特に年の近い姉弟なのに弟が姉に対して好意的なとことか。
でも話全体通して面白かったし、あと細かい会話とか行動とかで精神疾患の異常さをしっかり出してくれるのも素晴らしいなと思った。
もしかしたら精神疾患に馴染みがない人からしたら意味がわからないし登場人物に感情移入できない内容だったかもしれないが、僕は2700というお笑いコンビの八十島さんという方のお話を聞いたことがあるのでとても納得できた。
この八十島さんも実は統合失調症を患った期間があり閉鎖病棟に入ったりしていたらしく、しかもこのカズオと同じようにそれが理由で離婚も経験されている。
いかにこの病気が怖いかというのが分かるし、それをしっかりハマる役者と脚本で形にしたこの映画はまた見たいと思えるような作品だった。
とにかくこの病気のことを理解したい方はとりあえず2700八十島さんの天国の話というのを聞いてもらいたい。