映画「桐島、部活やめるってよ」感想
『桐島、部活やめるってよ』(きりしま ぶかつやめるってよ)は、朝井リョウによる日本の青春小説、およびそれを原作とした日本映画。
この映画、何年か前に見たことあったんだけど、また見たくなって見てしまった。
当時もすごい映画だとは思ったけど、それは物語の構成だったり学生時代のあるあるをうまく細かく入れ込んでるみたいなとこだったような気がして、内容的にはスクールカースト低めのやつらの青春を描いた映画って印象しかもってなかった。
あの頃の自分はバカだったようだ。
この映画はそんな生ぬるいものではない。
もしかしたら伝えたいことはもっと壮大なもので、それはこの世界が歩んできた歴史に通ずるものがあるのかもしれない。
この映画に出てくる登場人物はほとんどが大なり小なり自分の夢を持っている。
しかし不思議なことに、自分が夢を持ってるのにも関わらず、相手の夢を笑ってしまう人間がいる。
それがなぜ起きるのかというとスクールカーストというものによって周りの人間に優劣を付けてしまうからなのだ。
学校という場所は特にそれが起こりやすい。
とても理不尽である。
ただこの映画には、そういうスクールカーストのようなものを気にしない人物が存在する。
それは東出昌大くん演じるヒロキである。
この映画の主人公はこのヒロキであるといっても過言ではない。
そしてタイトルの桐島という人物が出てこないのがこの映画の特徴だが、その桐島が部活を辞めることによって1番影響を及ぼす人物というのがこのヒロキだと思っている。
ヒロキは何事もそつなくこなしてしまうがゆえに虚無感を感じてしまい、野球部もサボり、ほぼ帰宅部の状態。
彼女もいるがあまり興味は持っていなさそうである。
そんな中で唯一桐島にはかなり好意的な印象を持っている様子。
トモヒロとリュウタとも一緒にいるが、それはあくまでも暇つぶし程度に感じる。
そして桐島が部活を辞めた理由として作中で「超万能型がゆえに他のバレー部のメンバーに嫌われていた」ということが語られるシーンがある。
これは結構サラッとしたシーンなのだが、この話はトモヒロとリュウタが喋ってるはずなのに無言でどこかを見つめるヒロキにズームされていく。
恐らくヒロキは野球部で同じような境遇であったのだと思われる。
そして、出る杭は打たれるこの世の不条理さを知り、そこから離れたと考えられる。
だからこそヒロキは自分と同じ境遇にあってもやりたいことを続けるヒロキのことを好いていたのだろう。
だからこそ、ヒロキにとって桐島が部活をやめるということはつまり自分を完全に否定されることである。
ただ、作中でヒロキは2人の人物と出会う。
それが、野球部のキャプテンと、神木隆之介演じる映画部の前田だ。
キャプテンは3年で夏の大会も終わっており、もう引退してもいいのに「ドラフトまでは続ける」と言って部活に励んでいる。
おそらくこの学校の野球部は強くなく、更にスカウトも来ていないので確率的にはほぼ0に近い。
それでも夢を諦めないのだ。
映画部の前田はスクールカースト的には恐らく最底辺であり、他の全生徒から下に見られてる存在であると言える。
しかし彼らは自分たちの撮りたい映画のためにまっすぐひた走るし、それが正解だと信じている。
そしてヒロキが少しふざけて前田に「将来は映画監督ですか?」と聞くシーン。
ここで前田はそれは無理だと答える。
それでも自分の好きなものに対する情熱が溢れ出てしまう時がある。
ここは前田が少し照れて最後までは語られないが、恐らく前田も自分の夢が無理だとわかっていながらもそれを諦めきれないのだ。
その後前田がヒロキにカメラを向けて「かっこいいね」というのだが、ヒロキからしたら逆だったのだろう。
涙を流して前田の元を去る。
そしてラストに野球部のグラウンドの前で桐島に電話をかける。
音は野球部の練習の音しか聞こえないのだが、私はヒロキが桐島にもう一度野球をしてみることを伝えたのではと思っている。
それはもしかしたら他の夢かもしれない。
この映画のテーマは夢と諦め。
そこに人種やスクールカーストは関係ない。